東京地方裁判所 平成元年(ワ)6135号 判決 1991年3月11日
第一ないし第三事件原告・第四事件被告
株式会社吉村商会
右代表者代表取締役
杉田雛子
第五事件被告
吉村株式会社
右代表者代表取締役
杉田雛子
右両名訴訟代理人弁護士
甲野太郎
第一事件被告
畑中久美子
第三事件被告・第四及び第五事件原告
株式会社コーエー開発
右代表者代表取締役
山田良一
第三事件被告
株式会社コーエー警備保障
右代表者代表取締役
定方多吉
右三名訴訟代理人弁護士
杉森静夫
第二事件被告
有限会社都市整備
右代表者代表取締役
山林嗣
主文
一 第一ないし第三事件原告株式会社吉村商会(第四事件被告)の請求並びに第四及び第五事件原告株式会社コーエー開発(第三事件被告)の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、これを二分し、その一を右株式会社吉村商会、その余を右株式会社コーエー開発の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(第一ないし第三事件)
一 請求の趣旨
1 第一ないし第三事件原告株式会社吉村商会(第四事件被告、以下「吉村商会」という。)と、第一事件被告畑中久美子(以下「久美子」という。)、第二事件被告有限会社都市整備(以下「都市整備」という。)、第三事件被告株式会社コーエー警備保障(以下「コーエー警備」という。)及び同株式会社コーエー開発(第四及び第五事件原告、以下「コーエー開発」という。)との間において、吉村商会が別紙物件目録二記載の建物部分につき所有権を有することを確認する。
2 吉村商会とコーエー警備との間において、同目録二記載の建物部分についての東京法務局昭和六二年一〇月九日受付第一一二一号の抵当権設定仮登記にかかる抵当権が存在しないことを確認する。
3 訴訟費用は、久美子、都市整備、コーエー警備及びコーエー開発の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一項に同旨
2 訴訟費用は吉村商会の負担とする。
(第四及び第五事件)
一 請求の趣旨
1 吉村商会及び第五事件被告吉村株式会社(以下「吉村株式会社」という。)は、コーエー開発に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。
2 吉村商会及び吉村株式会社は、コーエー開発に対し、昭和六二年一〇月二四日から右明渡済みまで各自一か月金五〇万円の割合による金員を支払え。
3 吉村株式会社は、コーエー開発に対し、金三一六五万円を支払え。
4 訴訟費用は、吉村商会及び吉村株式会社の負担とする。
5 仮執行宣言(第1ないし第3項につき)
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一項に同旨
2 訴訟費用はコーエー開発の負担とする。
第二 当事者の主張
(第一ないし第三事件)
一 請求原因
1 甲野太郎(以下「太郎」という。)は、昭和三六年一〇月一日ころ、別紙物件目録一記載の建物(以下「旧建物」という。)を建築し、これを原始取得した。
2 太郎は、旧建物の増築の確認申請をしたうえ、昭和四八年春ころから昭和四九年六月ころにかけて、旧建物を増築して別紙物件目録二記載の建物部分(以下「新建物」または「新建物部分」という。)を完成させた。
これにより、新建物部分は旧建物に附合し、太郎は新旧建物を一体とする所有権を有することになった。なお、右附合後の現状は左記アないしオのとおりである。
記
ア 新旧建物の間には隔壁が存在せず、その間を自由に行き来することができ、実際にも一体のものとして利用されている。
イ 一階ないし四階部分には、新旧建物のそれぞれに独立の柱、梁が存在するが、柱と柱は金属性の接合パネルによって接着・固定されている。なお、旧建物は四階建てであったところ、五階部分は、新建物部分を建築する際に併せて増築されたものである。
ウ 新旧建物の外壁は接着剤で接合されており、その接合部分は明らかに認識できるが、一階から四階までの外装・窓の構造は新旧建物ともに共通の仕様であり、一階の新旧建物にまたがって「吉村株式会社」の看板がはめこまれており、外観上は一体の建物の体裁に見える。
エ 外部との出入口は新旧建物についてそれぞれ独立に存するが、旧建物に存した三階から四階へ通じる階段は撤去・閉鎖され、新建物部分にある階段またはエレベーターを使用しないと旧建物の四階、五階へ行くことができない構造になっている。
オ 暖房用ボイラー、クーリングタワー、配電室、高架水槽はいずれも新建物部分の屋上に設置され、新旧建物にわたって制御されている。
3 太郎は、吉村商会に対し、昭和五九年八月二五日、新旧建物全体を売り渡した。
4 ところが、登記簿上は新建物部分につき旧建物とは別個の建物として表示の登記がなされ、右表示登記に基づき新建物部分の権利の登記として、久美子を所有者とする所有権保存登記(東京法務局昭和四九年五月一六日受付第一〇二七四号)、都市整備への所有権移転登記(同法務局昭和六二年八月二一日受付第二四一〇号)、コーエー開発への所有権移転登記(同法務局昭和六二年一〇月二八日受付第三五六三号)及び株式会社基栄からコーエー警備への抵当権移転仮登記(同法務局昭和六二年一〇月九日受付第一一二一号抵当権設定仮登記の付記登記、同法務局昭和六三年六月一三日受付第一三二〇号)が、それぞれ経由されており、右登記名義人らは吉村商会の新建物部分の所有権を争っている。
5 よって、吉村商会は、新建物部分の所有権に基づき、久美子、都市整備、コーエー開発及びコーエー警備に対し、吉村商会の新建物部分についての所有権の確認を、コーエー警備に対し、新建物部分の右抵当権設定仮登記にかかる抵当権の不存在の確認を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否及び被告らの主張
1 請求原因1は認める。
2 同2の事実は認め、新建物が増築にかかるものとして旧建物に附合したとの主張は争う。
新建物は、柱、梁、壁が独立しており、建築当初は旧建物とは別個の建物として存在していた。そして、太郎は、新建物が完成したころ、これを久美子に贈与し、久美子がその所有権を取得した。
(一) したがって、旧建物と新建物とが現に附合しているとしても、新建物と旧建物との主従関係は、前者が主で、後者が従であるので、むしろ附合により新旧建物全体が久美子の所有に帰した。
(二) 仮に右のような主従関係になくとも、附合により、新旧建物は全体として吉村商会と久美子との共有になった。
3 同3の事実は争う。
4 同4の事実は認める。
三 抗弁
1 既判力抵触または信義則違反
(一) 太郎は、久美子を被告として新建物の所有権保存登記の抹消登記手続を求める訴訟(第一審・東京地方裁判所昭和五四年ワ第一二八〇八号事件、控訴審・東京高等裁判所昭和五六年ネ第六七号事件。以下「前訴」という。)を提起したが、第一審裁判所は昭和五五年一二月二六日に請求棄却の判決を、控訴審裁判所は昭和五七年二月一六日に控訴棄却の判決をそれぞれ言渡し、右判決は昭和五七年三月四日の経過により確定した。なお、前訴において、太郎は新建物の所有権に基づく抹消登記請求権を主張し、新建物についての所有権の帰属が争点となったが、右判決はその理由中で、太郎から久美子への贈与を認める判断をした。
(二) そして、吉村商会の附合に関する主張は前訴で主張し得たものであること、吉村商会は太郎の承継人、都市整備、基栄、コーエー開発及びコーエー警備はいずれも久美子の承継人であること(承継の詳細については、後記第四及び第五事件の請求原因5を援用する。)からすると、吉村商会の請求は前訴の既判力に触れ、または訴訟上の信義則に反するものである。
2 共有持分権の譲渡
仮に新建物部分が、吉村商会らの主張のとおり、原始的に旧建物に附合したとしても、当時、久美子は、旧建物を所有し、かつ、新建物部分を建築した太郎から、新旧建物全体について、新建物部分に相当する共有持分権の贈与を受け、新旧建物は一体として太郎と久美子の共有となったもので、太郎の権利を譲り受けた吉村商会も、旧建物の価値に見合う共有持分権を有するにすぎない。
四 抗弁に対する否認
1 抗弁1(一)は認め、(二)は争う。
2 抗弁2は否認ないし争う。
(第四及び第五事件)
一 請求原因
1 太郎は、昭和四九年春ころ、新建物を新築してその所有権を原始取得した。
2 太郎は、そのころ、新建物を久美子に贈与した。
3 久美子と吉村株式会社は、そのころ、新建物につき賃料を一か月三〇万円とする賃貸借契約を締結した。
4 ところが、吉村株式会社は昭和五三年一〇月分以降の賃料を支払わなくなったため、久美子は、昭和五四年一〇月二七日、延滞賃料三九〇万円を同月末日までに支払うよう催告するとともに、右支払を遅滞したときは右賃貸借契約を解除する旨の停止条件付解除の意思表示をした。
しかし、吉村株式会社は右賃料の支払いをしなかったので、昭和五四年一〇月三一日の経過をもって右賃貸借契約は終了した。
5 その後、久美子は昭和六二年七月一七日に株式会社ジュエル・ジャパンに、株式会社ジュエル・ジャパンは同月二八日に都市整備に、都市整備は同年一〇月一九日に諸橋建設株式会社に、諸橋建設株式会社は同月二三日に代金八〇〇〇万円でコーエー開発に、それぞれ新建物を売渡し(登記上は株式会社ジュエル・ジャパン及び諸橋建設株式会社は中間省略されている。)、以上の経過によりコーエー開発が新建物の所有権を取得した。
6 ところが、吉村商会及び吉村株式会社は、コーエー開発が新建物の所有権を取得した昭和六二年一〇月二三日以降、これを権原なくして共同して占有している。
右相当賃料は一か月五〇万円である。
7 コーエー開発は、久美子から、昭和六三年三月一日、久美子の吉村株式会社に対する左記ア、イの債権(債権額計三一六五万円)を譲り受けた。
ア 昭和五三年一〇月分から昭和五四年一〇月分までの一三か月分(一か月三〇万円)計三九〇万円の延滞賃料債権
イ 吉村株式会社は、昭和五四年一一月一日から昭和六二年七月一五日までの間、新建物を権原なくして占有し、久美子に対し、賃料相当の使用損害を与えていたところ、右期間すなわち92.5か月(一か月三〇万円)計二七七五万円の使用損害金債権。
8 よって、コーエー開発は、吉村商会及び吉村株式会社に対し、所有権に基づき新建物の明渡しを、共同不法行為に基づき昭和六二年一〇月二四日から右明渡し済みまで各自一か月五〇万円の割合による賃料相当損害金の支払いを、それぞれ求めるとともに、吉村株式会社に対し、前記譲受債権三一六五万円の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。ただし、新建物部分は旧建物の増築部分として建築したものであり、独立の建物ではない。
2 同2および3は否認する。
3 同4のうち、吉村株式会社が賃料の支払いをしなかったことは認め、その余は否認する。
4 同5は不知。コーエー開発が新建物部分の所有権を取得したことは争う。
5 同6のうち、新建物部分につき吉村株式会社が直接占有を、吉村商会が間接占有をしていることは認め、その余は否認する。
6 同7のうち、吉村商会が新建物部分を占有していたことは認め、その余は不知。
三 吉村商会及び吉村株式会社の主張
第一ないし第三事件の請求原因の主張(新旧建物の附合)を援用する。
四 右主張に対する反論
第一ないし第三事件の主張を援用する。
第三 証拠<略>
理由
第一第一ないし第三事件について
一請求原因
1 請求原因1、2及び4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 吉村商会は、請求原因2において、新建物部分が旧建物に附合したと主張するので、この点について判断する。
(一) <証拠略>によれば、完成当時、新旧建物の一階の両建物の境の一部に壁が存在していたこと、新旧建物の柱、梁は別々になっていること、新旧建物の設計図面(平面図、<書証番号略>)のうえでも、一階ないし三階の両建物の境には壁のないところが少なからず存在すること、右境に壁が存在する部分においても、その壁は、旧建物の壁を利用するのではなく、新建物部分の壁を利用することになっていたことが認められる。
(二) 右認定各事実及び当事者間に争いのない請求原因2のアないしオの各事実(前記1)、すなわち、新旧建物は、構造的には、柱、梁が別々であり、外部との出入口も別々に存するものの、その設計段階から、主要な部分につき、その境界部分に隔壁が存在せず(現在では、ほとんどの部分について隔壁は存在しない。)、柱と柱が金属性の接合パネルによって接着・固定されていること、暖房用ボイラー、クーリングタワー、配電室、高架水槽は新旧建物につき統一的に制御されていること、新建物部分にある階段またはエレベーターを使用しないと旧建物の四階、五階へ行くことができない構造になっていること、新旧建物の利用状態は一体となっていることなどの事実を総合的に考慮すると、新旧建物がそれぞれ別個独立の建物であると評価することはできないし、そもそも、新建物部分は、別個独立の建物となることなく、原始的に旧建物に附合したというべきである。
なお、右各事実によると、新建物部分が、建物区分所有等に関する法律一条にいう「構造上区分された数個の部分で独立して……建物としての用途に供することができるもの」ということもできない。
(三) 右附合により、太郎は、新旧建物を一体とする所有権を有することになった。したがって、新建物が独立の所有権の客体として成立したことを前提とする被告らの主張は認められない。
二抗弁2(共有持分権の譲渡)について
1 久美子らは、仮に新建物部分が旧建物に附合したとしても、当時、久美子は、太郎から、新旧建物全体について、新建物部分に相当する共有持分権の贈与を受け、新旧建物は一体として太郎と久美子の共有となったもので、太郎の権利を譲り受けた吉村商会も、旧建物の価値に見合う共有持分権を有するにすぎないと主張する。
2 請求異議訴訟の控訴審判決<書証番号略>によれば、太郎は、同訴訟において、新建物が久美子所有であることを前提として、久美子に代わって同建物についての固定資産税、都市計画税を支払ったことを理由に、予備的ではあるが、久美子の離婚に伴う慰謝料等に基づく請求権に対し、相殺の主張をしていること、<証拠略>によれば、昭和四八年ころ、久美子は太郎から「一生困らないようにしておく」という内容のことを言われたこと、太郎は、主導的に、新建物につき独立の建物としての表示登記の手続をなし、久美子のために保存登記の手続をしてやったこと、久美子と太郎との離婚訴訟において、太郎は、新建物部分は久美子に贈与済みであるから財産分与の額を低額にすべきであるという主張をしていたこと、新建物部分が完成するより前に、久美子を賃貸人とする賃貸借契約書が作成されていたことが、それぞれ認められる。
さらに、太郎は、本件訴訟における吉村商会及び吉村株式会社の代理人であるが、弁護士であり、「附合」及び「一物一権主義」の法理を熟知していたはずである。ところが、右のとおり、太郎は、新建物について、独自の建物として登記をして、久美子名義での保存登記を許容し、前訴においては新建物の旧建物への附合を主張せず、いくつかの別訴において、久美子の新建物所有権の取得を認めるかのような言動をしている。
これらの事実と前記認定の新旧建物の原始的附合の事実とを総合判断すると、太郎は、昭和四八年当時、久美子に対し、新建物部分に相当する新旧建物の共有持分権を贈与したものと解するのが相当である。
この点につき、たしかに、<証拠略>によれば、新建物部分の賃貸借における賃料が振り込まれている預金口座の名義は久美子であるが、久美子はその預金を自分で引き出したことがなく、新建物についての固定資産税を実際に支払ったこともないこと、太郎は、税金がかからないようにすることを常々気にかけていたことを認めることができるが、これらの事実は、右認定を妨げるものではない。
3 よって、右共有持分権の贈与により、新旧建物は一体として太郎と久美子の共有となったもので、太郎の権利を譲り受けた吉村商会も、旧建物の価値に見合う共有持分権を有するにすぎない。
三したがって、その余の点について判断するまでもなく、新建物部分につき、単独の所有権者としての所有権を有することの確認を求める吉村商会の請求は理由がない。
第二第四及び第五事件について
第一ないし第三事件について既に判断したとおり、新建物部分は、独立の建物となることなく旧建物に附合したものであるから、新建物が旧建物とは別個独立の建物であることを前提とするコーエー開発の請求原因は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
第三結論
以上によれば、第一ないし第三事件についての吉村商会の請求並びに第四及び第五事件についてのコーエー開発の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官稲葉威雄 裁判官山垣清正 裁判官任介辰哉)
別紙<省略>